はじめまして、セラピストの別所広子と申します。れいきセラピーと私のことについて、お話します。

「水源」という名前

私はよく人を川に例えます。美しく澄んだ水が滞りなく流れる川を想像して下さい。心身共に健康な時の状態のあなたがこの川です。

誰かが川にゴミを捨てました。どうなるでしょう?

小さいゴミであれば、川はこともなくそれを押し流してしまうでしょう。どこかの家から汚い排水が流れ込んできても、川は自浄作用でその汚れを浄化してしまいます。

今度は、川の水の流れを人の心身の「気」の流れに置き換えて考えます。

良い気がスムーズに流れている人に、多少の困難が降りかかったとしても大丈夫。その人は自分自身でそれを処理するエネルギーを持っています。

心理的なダメージを受けても、自己治癒力を発揮して本来の自分をすぐに取り戻すことができます。

川も人も大自然の一部、両者共に自身を最も良い状態に保つための自浄能力が備わっています。

でも、どこかで山崩れが起きて多量の土砂が川に流れ込んでしまったら?

川の流れはせき止められ、せき止められた場所に溜まった水がやがて川を決壊させてしまいます。

大きな工場から汚染水がたくさん流れ込んでしまったら?

川の自浄能力を超えたものは川だけの力では処理仕切れず、川は汚染物質で汚れた状態のままになってしまいます。

日照りで川が干上がってしまったら?

元気よく泳いでいた魚も死んでしまい、川の恩恵を受けていた周りの田畑にも悪影響が及んでしまいますね。

人も同じです。

不慮の事態に巻き込まれたり日常的に多量のストレスを受けたりすれば、エネルギーの流れが滞り、エネルギーの質が低下し、エネルギー不足になり、本来の健康な自分とはかけ離れた状態の自分になってしまいます。

それは、あなた自身が苦しいばかりでなく、大切な家族や友人を巻き込んでの不本意な事態になってしまいがち…

どうしたら良いでしょうか?

まず、川の例で考えてみます。

川本来の自浄能力を超えた災難があった場合、流れをせき止めている土砂を地道に取り除く、汚染水を垂れ流す工場をなくす、上流のダムから多量の水を流すなど、川が自浄能力を取り戻す手伝いをすれば、川は元通りの美しい姿になることが出来るでしょう。

では、人だったら?

ここで頼れるのが、れいきセラピーです。

人が本来持っている自己治癒力を超えた心身の不調の原因にダイレクトに働きかけるばかりでなく、これから将来的に不調のタネになりそうな要素までも一緒に洗い流してしまいます。

れいきセラピーを受けることで、良いエネルギーでたっぷりと満たされた心身ともに健康な自分を取り戻していけるのです。

あなたという「川」に、澄んだ水がエネルギッシュに流れ続けるお手伝いをしたい。そのための水源になりたい。

ここに「水源」というの名前の由来があります。

日本人セラピストとして「道」という考え方

子供の時から書道を習い、高校時代は弓道部員、そして茶道にも親しんだ私にとって、れいきセラピーを「道」と位置付けるのは自然な流れでした。

美しい字を書く、的に向かって矢を射る、一服のお茶に心を感じる、これら全てには自らの精神性(=気)が反映されると私は考えます。

(筆の勢いに)「委ねる」という書道の姿勢、弓道の「無心」、茶道の「和敬清寂」、これらは全て、れいきに対する私の態度に繋がっています。

私はとにかく「無心」で「れいきを流す役割に徹する」ことを心がけています。

セラピーを受けに来られた方にとって最善の結果を引き出すには、セラピストである私が「ここが痛いからここを治そう」などという自分の思い(エゴ)を挟まないで、れいきを送るお手伝い役に徹することが大切です。

なぜなら、「本当の」癒し(詳しくは「もっと知りたい」のページをご参照ください)は、セラピストが意図的に起こすものではなく、その方ご自身の潜在意識の変革によってのみ自然に起こり得るからです。

良いセラピストとは、セラピーを受けに来られた方に眠っている自己治癒力を目覚めさせるスイッチをいかにピュアに作動させることができるか、ということだと私は考えています。

れいきセラピーの質はセラピストの精神性(=気)の反映とも言えるでしょう。

日本の伝統的な靈気法では、「精神性の向上」は重要視された部分です。

ですから当初は、精神性が高い、と認められた極少数の人のみにしか靈気法の最高レベルは伝えられませんでした。

が、靈気法が日本を離れて西洋に渡りReikiと呼ばれるようになる段階で、いつの間にか精神性の部分は抜け落ちました。

(これは日本と欧米では文化的背景が違うこともあり仕方がないことだと思います。)

その一方で、西洋では、靈気法の一部分であるヒーリング効果にスポットが当てられ、Reikiはエネルギー療法として確立され、積極的に医療現場で活用される様になっていきました。

現在、世界で使われているReikiの殆どが、この西洋風のレイキです。

しかし、Reikiが広まる段階で様々な解釈が加えられ、本来の靈気法とはかけ離れたものまでがReikiという名の下に行われているのも現状です。

とは言え、自分の考え方ややり方と違うものを十把一絡げに批判・排除するという態度は取りたくないと思います。

ここで言いたいのは、日本の伝統的な靈気法と西洋のレイキの、どちらが優れている・劣っているということではありません。私は、どちらの考え方にも共感しています。

その上で、れいきを自らの精神修養の「道」と意識し、「安らかな心で自分の役割を果たす」という日本の伝統的な霊気法の命題と向き合っていきたいと思っています。

私にとって、れいきは癒しのテクニックであると同時に、生き方そのものでもあるからです。

靈気的な生き方というのは、エゴを手放し、自然と調和しながら自分らしく楽しく生きること。

そういう生き方をすると、それまで「問題」だと思っていたことが実は「恩恵」であったことに気づいたりします。

水源では、お客様に起こる心身の癒し(レイキ療法=西洋レイキがフォーカスしている部分)は、最終的にその方が自分らしい幸福な生き方を模索する(霊気法=日本の伝統的な霊気の部分)ための第一段階であると位置付けてセッションを行っています。

これは、土居裕先生が日本の伝統的な靈気と西洋レイキ両者の利点を取り入れ構築された、現代霊気法という考え方に基づいたものです。

靈気の学びは一生終わらない

学びは一生終わらない。

「道」を歩む人は、皆そう感じているかと思いますが、靈気道も例外ではありません。

セミナーを受けたから終わり、でもないし、ヒーリングができる様になったからゴールした、というわけでもありません。

そこで終わらせてしまったら、それは、単なるホビーとしての手当てテクニックの域を出ないものになってしまうことは明らかです。

靈気道を極めていこうとするならば、毎日の自己鍛錬と良い仲間に恵まれることが大切で、一歩進めばまた一歩先の課題に自然に気付かされます。

私は特定非営利活動法人現代レイキの会というNPO法人の会員です。

そして、このNPOを通し、世界のれいき実践者と共に、毎週決まった曜日に、れいきの技法を行っています。

更に月に1〜2回は交流会に参加して、実践者同士の情報交換や、より良いセラピーの為の意見交換をしています。

また、最近では、日本人以外の人にいかに日本的な視点からの霊気を理解して頂くかという課題を念頭に、現代レイキのテキストを英語で音読する活動にも参加しています。

これら全ての活動からは、毎回多くの大切なことを学ばせて頂いています。

この様な恵まれた環境で自分なりのれいきを深められることに感謝するばかりです。

また、靈気と呼吸法は深いつながりがありますが、今までセッション中に個人レッスンという形でお伝えしてきた呼吸法を、ズームを使いもっと多くの方にグループでお伝えすることも始めました。

この新しい試みに参加して下さった方々からも色々な形で学びを頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。

結局、れいきを学び実践するということは、自分と向き合うことなのだという思いを深くしています。

これからも、れいきセラピストとして何ができるか?をいつも考えて、一歩一歩、自分のペースで靈気道という長い道のりを進んでいきたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします。


別所広子

 現代靈気法プラクティショナー、れいきセラピスト

特定非営利活動法人現代レイキの会会員

東京都出身、横浜育ち。
英語科の短大を卒業後、総合商社勤務を経て
フランス・パリに留学、

ファッションデザイナーとして活動。

子供が幼い頃に、小児癌の疑いがあると診断され親子で小児ガン病棟に入院した経験が、

現在のセラピストの仕事につながっています。


パリ近郊在住。

家族はフランス人の夫と子供二人と猫一匹。